大人の階段

明治大学国際日本学部宮本ゼミ2期生のブログです。

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2013/03/18(Mon)

【第12回】メタブログ

冬はもう過ぎ去ろうとしていますね。春は好きです、夏が近いので。どうも飯田です。


今大学4年生で、この大学4年を振り返るブログを書いている事が信じられません。
時の流れは速いですね。ビックリしてしまいます。

僕の大学生活は音楽が中心に進んでいました。
サークルは軽音サークルで、卒論もお笑いとロックをテーマにしました。
宮本ゼミに決めたのも音楽を扱えるゼミというのがやはり大きいです。

国際日本学部には所謂「サブカル」を扱うゼミがいくつかあります。
その中でも映画から漫画からファッション、音楽など「サブカル」全般を研究出来るのは宮本ゼミくらいです。
そのため、卒論のテーマもみんなバラバラのジャンルを扱っていますね。

僕は2年の時から宮本ゼミに所属しています。3年間宮本先生にはお世話になっております。
ゼミに1人で入るのは心細かったので同じ軽音サークルの千葉君を誘いました。
2年の時千葉君とは必修の週6コマある英語のクラスと週1の日本語のクラスも一緒でした。
そのため他の授業も必然的に同じものを取り、サークルも一緒。千葉君とずっと一緒でした笑

千葉君との四年間を振り返ってしまいそうになりました、失敬(笑)


宮本ゼミでの授業は、自分の好きなジャンルを掘り下げるだけではありませんでした。
ピタゴラスイッチを見たり、M-1グランプリを見たり、アニメを見たり、ファッションやテレビ番組についての論文を読んだりと自分1人では手を広げられない所まで学べました。
それも、ただなんとなく見るだけでは見落としてしまうような所に目をつけ勉強になりました。

視点を変えることの大切さ、面白みを学ぶことが出来たと思います。


そして、宮本ゼミで個人的に一番変わったことは活字を読むようになったという事です笑
子供かよ!と思われる方もいると思います。でも、僕は本当に本を全然読んできませんでした。
そのため、ボロボロの論文、プレゼンで宮本先生を何度も呆れさせていたと思います。
本当に申し訳ありませんでした。

「好きこそ物の上手なれ」という言葉のとおり好きな物を通じて色々な作業を扱うのはとても楽しかったです。
本を読むのも好きになりましたし(笑)、1つの事柄について様々な視点から物を見るのもとても楽しかったです。

自分の好きなものを掘り下げることが出来て、尚且つ他の事にも応用できるような考え方を養えました。


授業ではグループワークが多く、図書館やパソコン室にゼミ生と集まり作業を進めていった日々が懐かしいです。
大学2年から宮本ゼミに所属しているので、僕の大学生活は宮本ゼミと共にありました。
BBQをしたり、学祭で揚げパンを売ったりと授業以外でも楽しい思い出がたくさんあります。

すごい楽しい3年間でした。宮本先生お世話になりました!
ゼミ生のみんなも楽しい時間をありがとう!

僕とは2年の時から同じ宮本ゼミのサリー!ゼミチョーが明日の担当です!よろしく!
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2013/02/21(Thu)

【第41回】「DAWがスタジオ・自宅にもたらしたもの ーDTM時代のレコーディングー」

とうとう卒論日記も最後になってしまいましたね。

これから自分にあるイベントを確認してみたら「卒業」とつくものばかりで驚愕しています…光陰矢の如し。

そして沖野さんと同じく、
風邪をひいてゼミの卒業旅行に行けませんでした(>_<)
今も鼻ったれなのですが、多分これは花粉だと信じています。

Facebookでみんなが楽しそうにチューチュートレインやっている姿を見て、やるせない気持ちになった千葉が第41回を書かせていただきます!


まず、前回のゼミブログを更新したときに「もう一山ある気がする」と書いたのですが、、

本当にもう一つ、おっきな山がありました…

というのも、先行研究として文献を一つ加えたからです。
増田聡さんと谷口文和さんが2005年に書かれた『音楽未来形 デジタル時代の音楽文化のゆくえ』という本で、宮本先生から教えてもらうまで知らなかったのですが、本当に読んで良かったです。なんで知らなかったんだろ…

ドンピシャの先行研究ってことではなく、あくまで現在のCDの不正コピーや著作権の問題につながる流れとして、また、私たちの「音楽観」をテクノロジーの進歩や実践の変化に合わせてバージョンアップするためとして、録音の歴史を追っているのですが、
これまで自分の先行研究の中には、論文の形になっているものがなく、雑誌やインタビュー本ばかりだったので、大変参考になりました!

なので、前回のブログ以降にやった作業の中心は、この本に線を引いたりして読み倒すってことです。
で、自分の卒論に反映させたら良い感じになりました。

自分の卒論の内容をまとめると以下のような感じです。


まず、レコーディングの歴史には三つの大事な転換期があります。

一つ目はエジソンによる蓄音機「フォノグラフ」の発明です。
これによって自宅に音楽鑑賞がもたらされ、同時にレコーディングの歴史が始まりました。

二つ目の転換期はMTR(マルチ・トラック・レコーダー)の登場です。
MTRによって、重ね録りや録音後の細かな編集ができるようになりました。
そして、それまでライヴの保存でしかなかったレコードとそのレコーディングが、レコードの中に完成された作品を作るためのレコーディングへと発展しました。
このレコーディングの変化により、音楽は、レコーディング・ミュージックとライヴ・ミュージックへと分離しました。
また、MTRには一人で録音することを可能にし、現在の宅録の礎を築いたという側面もあります。

そして、三つ目の転換期をもたらしたのはDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)です。
DAWとは、パソコンで楽曲制作が最初っから最後までできてしまうソフトです。
そのDAWによってアーティストたちは自宅という生活空間で曲を作ること、「生まれたままの曲と空気」を録音することが可能になりました。
そしてレコーディング・スタジオは、すべての音楽を録音する場所から、バンドサウンドを最高のパフォーマンスで録音するための場所として再定義されました。
また、スタジオ・エンジニアたちもDAWを使うことでより効率の良い作業をすることが可能になりました。
カッコよく言うと、DAWの登場によってスタジオ・レコーディングと宅録はアップデートされたんです!笑

そして、MTRによるレコーディング以降、分岐していたレコーディング・ミュージックとライヴ・ミュージックは、DAWによる楽曲制作を経て、再び合流しました。
でも、それは分岐する以前の音楽でもなければ、レコーディング・ミュージックやライヴ・ミュージックの枠でも捉えることもできない音楽となりました。
自宅という新たな制作環境が今までに無かったような音楽を生み、大きな流れとなっているのが現在のシーンなんです。
もし今、宮本ゼミ4期生の阪元くんがレコーディングする方法としてDAWを使った宅録を選ぶとしたら、この大きな流れの中にいるということです。

そういうことだよ阪元くん!笑


まあ、自分が言いたいことを一言にまとめると、
「卒論集を手にとって読んで下さい!」
という感じです。

そのことは、このブログを毎度読んでいる皆さんなら、感じとっていただけてると思います。
実際読みたくなってるはず…!

自分もみんなの卒論が早く読みたいです!

ということで、卒論日記ラストはステマならぬ、あからさまな宣伝で終わらせていただきます。

ご静聴ありがとうございました。


次回からのゼミブログは、
2期生たちが卒業するにあたって思うことをつらつらと書いていく内容になっております。

3/4からです!
トップバッターは真帆さんです。
是非チェックを!
2013/02/20(Wed)

【第40回】クレヨンしんちゃんの魅力

みなさんこんばんは。
あっさーのえるぃぃこと浅野恵理です。
先ほど引越しを終えました。
まだダンボールは山積みなんですけど。
4年間住んでいた家と離れるのは思ったよりさみしかったです。
やたらとベランダの外を眺めておきました。
あと一ヶ月かぁと少しおセンチにもなりました。

そんなおセンチな浅野の卒論は「クレヨンしんちゃんの魅力」です。

まずは、この卒論を書くにあたっての成功点と失敗点を一つずつ。

成功点はクレヨンしんちゃんをテーマにしたこと。
このテーマにしたことは大正解でした。
もうしんちゃんやだなぁ、なんてなることはなく、やっぱりしんちゃんおもしろい!と前よりもしんちゃんが大好きになりました。
自分のことをよく理解できていたなぁと自分をほめてあげたいです。

失敗点は無計画すぎたこと。
私、卒論の提出時期、最強に忙しかったんです。
というのも、ダンスの公演を控えていて、会社の研修も大量にあるという状態。
正直、卒論を後回しにしてしまいがちで、卒論にほぼ手をつけられない状態が続きました。
きっとみなさんが想像しているよりも長く。
えぇ、怖くて書けません。
時間なんて作ろうと思えばいくらでもあるんですが、どうしたって眠気はやってきます。
頑張れず寝ちゃうことが多々ありました。

でも、もう本当に卒論やだ!と思うことはありませんでした。
ダンスも研修も卒論も、全部自分が選んで決めたことです。
誰かにやらされているのではなくて、全部自分からすすんでやったことです。
だから、言い訳なんてできるはずもなく、やるしかないんです。

私がもっと前々から計画的に卒論を進められていればなんの問題もなかったんですけどね。
結局追い込んだのは自分なんです。
だからますます言い訳できないわけですよ。
自分の無計画さを反省しつつ頑張るしかなかったんです。

でも、結局先生に間に合いませんって泣きつきました。

期日内に形にしたかったーくそー終わらせたかったーと悔やまれます。
でも、中途半端にはしたくないのでその後もコツコツと作業を続けていきました。

計画的に進められたら、きっともっとクオリティの高い卒論が出来上がっていたのかなと思います。
でも、時間がないながらに、必死に向き合ってきたこの卒論のほうが私らしさがでてるのかなとも思います。

何はともあれ、学生最後に何か形に残せてよかったなと思います。
私の卒論を読んだ人がしんちゃんを見てみたいなと思ってくれたら私は幸せです。
私の卒論の始まりはしんちゃんが好きという気持ちからでした。
しんちゃんの何が好きなのか、自分の中でしっかり理解し、それを人に伝えたい。
そして、しんちゃんの魅力が一人でも多くの人に伝わればいいなという想いが卒論に込められています。

でも想像以上に難しかったです。
二万字を書くということにはさほど苦戦しませんでした。
それ以上に自分の中にある抽象的なものを具体的な文章にするということに、私は一番苦戦しました。
自分の中ではわかっているのに、それを人に伝えるとなると上手くいかない。
そんなもどかしさに一番悩まされました。
だってかわいいんだもん!おもしろいんだもん!と想いながら作業していました。
でも、確実に前よりしんちゃんについての理解が深まり、知識も広がり、ますますしんちゃんが好きになりました。
たくさんしんちゃんと関われて私的には大満足です。

共に卒論を頑張っているという心強さをくれたゼミ生や、なかなか書き終わらない私を見放さない先生に感謝です。

ということで、私はこれからもしんちゃんを愛し続けます。
将来、自分の子供としんちゃんを見る気まんまんなので、ぜひとも末長く続いてほしいですね。

さて、明日は卒論日記最終日!
ちーばくん!千葉くんですよろしくどうぞ!

2013/02/19(Tue)

【第39回】おうちカフェにおける「カフェ」の役割―「カフェ」に何を求めるのか―

こんばんは。
第39回を担当しますのは沖野です。えるぃぃこ(巻き舌仕様)です。
ゼミの卒業旅行を発熱のため欠席するという事態を引き起こし、自分にがっかりです(涙)。
でもみんな楽しかったみたいで何よりです!

そんなこんなでゼミ生にしばらく会えていませんが、卒論日記はどんどん更新されていますね!
私も『おうちカフェにおける「カフェ」の役割―「カフェ」に何を求めるのか―』と題して最終提出した卒論について振り返っていきます^^

「カフェ」というと一般的に家庭でもなく職場でもない「第三の場所」であり、「人々が交流する場」と定義されることが多いのです。
しかし「おうちカフェ」の場合はどうでしょう。
文字通り「おうち」な訳で「第一の場所」じゃないの?人々との交流は行われているの?
一体「おうちカフェ」における「カフェ」ってなんなの?とむくむくわき出る疑問を明らかにすべく卒論を書いてきた訳でございます。

前回の卒論日記の段階では『スーパー・カフェ・ブック』や『プラスワンリビング』という雑誌を考察し、おうちカフェのインテリアの側面について分析していました。インテリアのテーマやキーワードの変遷を調べ、その中でどのように「カフェ」がインテリアのテーマとして享受されてきたのか、またおうちカフェのインテリアの特徴、実践者の特徴などについて明らかにしました。
「○○カフェ」というものがたくさん存在する現在、「カフェ」ってなんでもアリなのか…?と思いながら、おうちカフェインテリアの特徴を調べていくと、おうちカフェインテリアにおいては共通のイメージがあることがわかって面白いなーと思いました。

そしてその後は、おうちカフェのもう一つの大きな要素である「食」の側面について調べ始めました。「にほんブログ村」というブログサイトの中の「おうちカフェ」というカテゴリーに投稿されているブログを基に、メニュー構成や配膳方法、食器、写真の撮り方などに注目しながら分析していきました。

このような感じでインテリアと食の両側面からおうちカフェの実態を探っていった結果、
・おうちカフェに見てとれる強いおもてなし精神から「人との交流の場」という認識ができる
・おうちカフェとは「自己表現の場」であり、「第三の場所」と言い換えることができる
という結論に至りました。
ざっくり言うとちゃんと「カフェ」の定義に当てはまってるんだね☆ってことです。笑

インテリアにしても食にしても、今回調べていく中で、おうちカフェ実践者の方々の何もかもにこだわっている姿勢が伝わってきて、ほんと、リスペクトっす。とりあえず、模様替えグッズを少々手に入れたっす。

卒論発表会でもべらべらしゃべり過ぎて時間オーバーするし、退屈な発表になってしまったかな、と上手く卒論の内容をまとめることに関して自信喪失中なのですが(汗)、「おうちカフェ」ってなによ?と疑問を持っている方に読んでもらえたら、へ~となってもらえるものにはなったのかな、と思います!

テーマ決めからもがき苦しみ、何が言いたいのと自問自答を繰り返し、国会図書館に足しげく通い、先生や友達に相談した末、2万字といういまだかつて書いたことがない量の文章をなんとか書きあげることが出来て良かったです。

これ!という胸を張って好き!詳しい!なんてものがないことが悩みだった私にとって、カフェやインテリアや食だったりと興味のあることが複合的に含まれるテーマを選ぶことができて、最終的にはよかったと感じています。

助けていただいたみなさんありがとうございました!

明日はあっさーのえるぃぃ(浅野恵理)さんです!よろしくお願いします^^
2013/02/19(Tue)

【第38回】選ばれし子どもたちの成長には何があったのか?

みなさんこんばんはー!
最近いろんな人から『犬』『わんこみたい』『お手』とか言われまくり、
喜んでいいやら悲しんでいいやらどうしたもんかと悩んでる熊澤です(・ω・`)きゅーん


はてさて、卒論日記も第38回まで来ましたね!
卒論を振り返って、というわけですが、実は私も夏海さん同様まだ終わってはいないのです!!!
ゼミ長副ゼミ長揃ってどうした!って感じですね。(笑)
私もあと少しがんばるぞっと(^0^;)

それでも自分なりにまとまった気ではいるので、
卒論発表会で伝えたような内容をざっくりと説明させてもらいます!

まず、内容自体は前回とほぼ変わっていませんが、
タイトルをものすごーく短くしました。長すぎるとのお達し故です。(笑)

作業としては、前回にも述べていました
・54話をパートごとに6分割し、それぞれでの各キャラクターの成長・カギとなる人物・デジモン・セリフ等を表にまとめる(作品を視聴しながら。他作品のキャラクター分析についての論文を参考にしながら。)
ということをひたすらやっていました。

実は発表会の際に山中さんから質問をいただきました。
「視聴しながら表にまとめた、というのは、具体的にどのようにまとめていたのか?」
という内容でした。
あのときはテンパってて、「なんかこんな感じに!」という曖昧かつ全く伝わらない答えしか言えなかったのですが、それをここで少しお伝えできればなと思います。

登場人物ごとに、パートごとに、まずは全ての出来事だけを洗います。
つまり、子どもたちの言動・行動を全て言語化していきました。
そしてそれが終わったら、次にそのセリフや行動から何が読み取れるか?ということ、つまり彼らの変化をさらに言語化していきました。

では、分かりやすく八神太一を例にとります。
●何があったか?
・アグモンを無理矢理進化させ失敗した恐怖から、進化ができなくなってしまう
・ピッコロモンの修業のもと、過去の自分と向き合う
・進化ができるようになった
●何が変わったか?
・失敗を恐れるようになっていたが、へこたれていた自分を客観視し、乗り越えられるようになった

これはあくまで一例ですが、こんな感じで言語化する作業をひたすらやっていました。

何が大変かというと、主観が入ってしまっていないかを考えながら作業することでした。
というのも、要は私は作品を分析していたわけですが、受け取り方は視聴者次第によるところもあるわけです。
ここはこうなんだ!と半ば決めつけで文字にしてしまっていないか、ということに気を配るのが一番大変でした。
ふだん何となく作品を観ているときは、自分の勝手な解釈で受け取っていましたが、
「分析する」という形で作品に関わることの難しさと、だからこそのやりがいを非常に強く感じました。

そんな作業を繰り返し行ってきた中で、私が言いたい結論は以下の3点です。

1.子どもたちは元々持っている彼らの性質、性格を活かしてさらなる成長を遂げた
2.仲間同士の助けが関係していることは間違いないが、大きく影響したこととして、パートナーデジモンの存在は外せない
3.パートナーデジモンの子どもたちへの接し方も多種多様で、まさにそれぞれに合ったパートナーを得たことで生まれた変化であった

特に2・3ですが、【パートナーデジモンの存在】が本論のミソになった部分です。
そもそも子どもとパートナーデジモンの基本設定や、1:1ゆえの絆の深さなどは、本作において特筆すべき点であると言えると思います。
そんな中彼らパートナーデジモンを見ていると、
・常にパートナーである子どもとそばにいる
・パートナーである子どもの意に反した行動は取らない
という具体的な特徴が見えてきたのです。

公式設定では、「アニメにおいてパートナーデジモンはその子どもの人格から分かれた「もうひとりの自分」であるとされている」とあるのですが、それよりもむしろ、パートナーデジモンは、パートナーである子どもたちの一歩先を行く存在なのではないか、と感じたのです。
ここから私は、実はパートナーデジモンこそが子どもたちにとって「最も重要な導き手」となっているのではないか、と考えました。

「デジモンアドベンチャー」という作品自体の特徴と、結論として挙げたい内容がやはり関連しているのだ!
と実感できたことが非常に嬉しかったです。


卒論の作業が全て終了したわけではないので、まだ心持ちスッキリしてないのですが(笑)、
1つ言いたいこととしては、
卒論執筆を諦めないでよかった、ということです。

ブログでもお伝えしたことがありましたが、
私は前期でテーマをがらりと変え、
後期からは外部のボランティア活動にコミットしていました。

だからこそ、何度も迷いました。
「別に単位がもらえるわけじゃないのに、卒論やってる自分は何なんだ?」
と。
「今の自分にはもっと大切なものがあるかもしれない」
と。

でも、何だろうなぁ。
これ言葉にできないんですけど、
絶対やったるって気持ちがずーっとどこかにあったんですよね。

そしてやった結果、やっぱりやってよかったって思えたんですよね。

先生が伝えたかったメッセージが、
卒論やれたことで身に染みて分かった気がしたんですよね。


あぁもう長くなりすぎました。
想いを言葉にするのは本当にムズカシイですね。

とにかく、そんな感じです。
お世話になった宮本先生、OBの先輩方、ゼミのみんなに心からお礼を言いたいです!
そして最後までがんばります!!!←

明日はおっきーのえるぃぃこさんですね!(誰)
乞うご期待☆

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